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人魚姫とあこや貝の話





「人魚姫とあこや貝」

         
かわいい人魚姫がうまれたとき   
         
王様はひとつの名もない貝殻を
            
そっとちいさな掌にもたせました
          
ほんとうのことがわかるように

あこや貝は
         
まだ自分の力を知りませんでしたが
            
ずっと人魚姫といっしょに
           
大きくなってゆきました

牡蠣のように美味しくなく
           
桜貝のように美しくもなく
           
岩陰でいつも見つけてくれるのは
           
やさしい人魚姫だけでした

あこや貝には

たったひとつ夢がありました
           
誕生日にいつか
           
人魚姫の歌声や笑い声にまけない
                
贈り物がしたいと
          
けれど10年間
          
なにひとつ見つけることができなくて
            
苦しみをひとつ飲み込んで
              
深い深い海の底へと沈んでしまいました

人魚姫は18歳になり
         
隣の海の人魚の王子様と婚約をしました
         
南と北のふたつの海が
         
喜びに一週間波立って
          
その間人間は
         
魚も貝も捕れませんでした

やがてあこや貝は

ゆっくりと人魚姫のもとへちかづきました
           
せめてお祝いのひとことを
           
伝えたいだけで

人魚姫はすぐに気付きました
         
幼い頃遊んだあこや貝に
         
そして両腕でしっかり抱きしめると
         
喜びの涙をほろほろとこぼしました
       
すると
         
静かに 静かに 胸を開いたあこや貝から
       
まろい まろい 涙がひとつぶ
         
まるで朝凪の日の光のように
       
人魚姫の掌へと落ちました

その日から
        
あこや貝は真珠をつくるようになりました
        
どのひと粒もみんな
           
人魚姫のためだけに。






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